INICIAR SESIÓN舞台は現実とは異なる歴史を歩んだパラレルワールドの水都ヴェネツィア。 前元首の孫娘ディアーナに仕える侍女エーヴァは、謝肉祭の夜、主人の身代わりとして仮面をつけ、異国から来た貿易商の息子ダヴィデと出逢う。互いに素性を隠したまま、惹かれ合う二人。 けれど次の謝肉祭で再会した彼は、なんとディアーナの婚約者だった! 愛したひとは、自分が仕える令嬢の婚約者――いけないと想いながら、二人は秘密の逢瀬を重ねていく。 偽りの仮面から始まった恋は、身分と立場の壁を越えることができるのか? これは水の都で繰りひろげられる秘密に満ちた禁断のヒストリカルラブロマンス。
Ver más塩辛い海の水によって重みを増したエプロンドレスを強引に破り、彼は愛する乙女の太もものあわいへ屹立した自分の分身を摺り寄せる。ずぶ濡れになった状態のまま、ふたりは腰まで海水に浸かった状態で、互いを強く求めあう。
潤んだ銀の瞳に口づけながら、ダヴィデは告げる。「こんなときでも君が欲しくてたまらない」
「――っあ」大高潮(アックア・アルタ)の到来を退けたばかりの水都ヴェネツィアは、静まり返っている。
多くの市民は高台へと避難したが、波に攫われた人間も少なくないだろう。 雨雲が姿を消し、黄金色の月が周囲を優しく照らしている。水没した街の片隅で、奇しくも生き残ることが叶ったふたりは生きていることを確認するかのように、互いの身体をかき抱き、そのまま愛の行為へ奔る。かつてそこは温室――テラスだった。
大高潮によって荒らされたそこは硝子の破片や深紅の薔薇の花弁が散らばり、ぷかぷかと波打つ水面に不規則に浮かんでいる。愛する人が足を怪我しないよう障害物を避けながら、ダヴィデは彼女をきつく抱きしめて、器用に下半身の欲望を埋めていく。 高潮の被害を免れた樫の木の棚の上に避難させた鉢植えたちはそんなふたりを揶揄するかのように、深紅、薄紅、真紅、と鮮やかに赤く色づいた満開の花を月の下で鮮やかに咲かせている。「外でするのは初めてだな」
「……もう、ダヴィデってば」 「エーヴァこそ……こんなに濡らして。どうみてもこのぬめり、海水じゃないだろ」 「い、言わないで……!」羞恥に顔を染める彼女の唇にかぷりと噛みつき、長い舌を侵入させながらダヴィデは冷え切っていた彼女の身体に熱を与えていく。胸元をはだけさせれば、月のひかりが美しく彼女の蕾を照らしだす。片手で両方の乳首を交互に愛撫しながら、ダヴィデは彼女を楽器のように奏で、啼かせていく。
「ぁあんっ、ダヴィデ……」
「まるで夢を見ているみたいだ。エーヴァ……消えないでおくれよ」がっしりした筋肉を持つダヴィデと異なり、すらりとした肢体を持つ儚げなエーヴァはこの場で手放したらすぐに波に流されて消えてしまいそうだ。海の泡になってしまった人魚姫のように。
だから彼女を失いたくないダヴィデは必死になってエーヴァの秘された花園の奥へ楔を打ち込むのだ。火かき棒のように熱い、欲望まみれの楔を。「! ふっ、あぁ……」
「――はいったよ。エーヴァ……このまま、抱きしめていていいか?」 「ん……動かないの?」 「動くけど……今はまだ、動きたくないな」 「ど、どうして?」 「ふたりでこうして生きていることを感じたいからだよ」頬を薔薇色に染めたエーヴァを凝視し、ダヴィデは繰り返し接吻をする。
膨張したままの分身が彼女の蜜洞のなかに包まれた歓びを感じながら。 そんなダヴィデに焦らされるエーヴァは、彼のしょっぱい口づけを受けるだけで、膣奥のモノを感じるだけで、身体が蕩けるような錯覚に陥り、ちからが抜けてしまう。 くたりと両腕をダヴィデの首にまわし、筋肉質な身体に身を寄せて、エーヴァははぁはぁ、としずかに喘ぐ。 彼女のなかに籠っている熱は、まだ完全に解き放たれていない。そのことを理解しているから、ダヴィデはあえてゆっくりと腰を動かし、摩擦を生み出しながらエーヴァが感じる最奥へ進めていく。「……んっ」
「気持ちいい?」 「いい、けど……」いつもの荒々しい彼の挿入と比べて優しすぎる彼の動きに、エーヴァは戸惑っている。
気持ちいいことは事実だ。 ふたりで繋がることができて、愛し合うことができて嬉しいのも事実。 だけど。 もっと激しく動いてくれないと、エーヴァは天国に行けないのだ。 そのことを知っているくせに、彼は余裕の表情で彼女を可愛がっている。「ちゃんと言ってくれないと、わからないよ」
「いじわる……」恥ずかしがりながらおねだりするのを今か今かと待ちわびているダヴィデを前に、エーヴァはついに観念する。
「もっと、激しく……して」
その言葉とともに接吻の雨を降らせるエーヴァに、ダヴィデは頬を緩め、嬉しそうに言葉を返す。
「かしこまりました。俺だけのお姫様」
そしてダヴィデは満足そうに両腕で彼女の腰を掴み、いつものように激しく。
気が遠くなるような情交を…… * * * 月明かりの下、海水に浸ったヴェネツィアの街で。 身分違いのふたりが思いっきり愛を交わす。 その情熱の一夜を知るのは、満開の赤薔薇をはじめとした鉢植えの花々と。ひときわ美しく咲き初めた、エーヴァのような白銀の、潮の匂いを凌駕する芳香をまき散らす大輪の。
月下美人だけ。「そいつ、モグリだね」 きっぱりと断言したのはエーヴァの主であるディアーナお嬢様だ。「そいつだなんてはしたないです。まぁ、モグリだってことは事実でしたけど」 「なんだぁ、田舎モンか」 水平線の向こうへ沈む夕焼けのような赤毛に、太陽に照らされて煌く麦穂のように澄んだ黄金色の瞳を持つ彼女の名はディアーナ・モチェニーゴ。ヴェネツィアの政界で名を轟かせた前元首トンマーゾ・モチェニーゴの末の孫娘で、末孫姫と慈しんだ亡き祖父をはじめ、一族からの寵愛を一身に受けて今日まで健やかに優雅な日々を送っている。 好物はカカオの粉から作った冷たいショコラータ。一般庶民の手の届かない高級な飲料を今日もディアーナはぐびぐびと浴びるように勢いよく飲んでいる。 先日十五歳になったばかりで、まるでエーヴァの妹みたいな彼女だが、実際のところ、嫁いだ二人の姉がいることもあって、見た目よりも大人で、しっかり者である。 年の離れた姉たちの貴族同士の婚姻を見てきた彼女は、貴族のぼんくらとは結婚したくないと我儘を言ってはしょっちゅうヴェネツィアの街をお忍びで散策している。そのせいか少々、いや、随分、言葉遣いが荒いのが彼女の両親の悩みの種だったりもするのだが、まだ結婚前なのだから大目に見てあげてもいいだろうと彼女を知る人間の多くは寛容に構えている。エーヴァもそのうちのひとりだ。「商館で働く下男だったみたいです。昨日がヴェネツィアに来て二度目のカルネヴァーンだとか」 「エーヴァ、ずいぶんと詳しいじゃない? まさか一夜限りのアヤマチを……」 主の言葉を遮って、思わずエーヴァは全否定する。「いえそんなやましいことしてませんってば! それよりお嬢様、そのような単語をいつどこで覚えたんですかっ」 「お父様の書斎で見つけた本。それよりエーヴァ、正直に吐きなさい? 口説かれたお嬢さんはどうなったの? ねぇ?」 好奇心旺盛な彼女に「吐け!」と汚い言葉で迫られて、渋々、エーヴァは口を開く。「銀の瞳のお嬢さんは悪魔につれられて、コメディアデラルテを観劇して笑い転げてました。めでたしめでたし」
* * * ディアーナ・モチェニーゴ。 そう名乗った少女に問われ、自分はしがない商館で働く下男だと応えた。 名はダヴィデ。もちろん偽名だ。きっと目の前の少女もわかっているのだろう、お祭り騒ぎの間だけ、身分を華麗に偽って、楽しい嘘に溺れるのだから。「ねぇダヴィデ。わたくし、踊るのに疲れてしまいましたわ」 「では、一緒にコメディアデラルテを観に行きましょうか」 庶民の踊りを踊ることに慣れていないのか、ディアーナはすぐに音をあげてしまった。けれど、まだ祭を楽しみたそうにしているので、大道芸人たちが集まっている舞台へ連れていく。 コメディアデラルテとは、広場に設置された舞台で開催されている寸劇のことで、アクロバティックな動きが魅力的な大衆の娯楽だ。 案の定ディアーナは初めて観たのであろうコメディアデラルテに感激し、ダヴィデの隣で盛大な拍手を送っていた。 花火が彩る夜空の下を仮面で表情を隠す令嬢とともに、悪魔の仮装をしたダヴィデは手を繋ぎ、謝肉祭の夜を過ごす。 くだらないと思った。 けれど隣で祭を堪能している月の女神と名乗った銀色の瞳の少女の姿はとても魅力的だった。 偽りの水の都の姫君は自分との戯れをどう感じているのだろう。 あかぎれだらけの手はいくら綺麗に飾り立てても誤魔化しきれていないというのに。「うふ。とっても楽しかったわ。ありがとうございます、ダヴィデ……っ?」 明日からの活力をもらえました、と淋しそうに口にする姿を見て、思わず彼女の華奢な身体を抱きしめていた。ドレスの布地は滑らかでとても触り心地が良い。貿易の仕事をしているダヴィデはこのドレスが粗悪品ではないことに気づき唖然とする。このアンバランスな感じはなんだ? 手袋もしていない彼女がこの高価なドレスの持ち主ではないのは確かだろう、けれどまるで彼女のために準備されたもののようで……「君は、何者なんだ?」 ――なぜだろう。彼女が気になって、仕方がない。「それは……教えられない約束ですわよ」 ダヴィデに抱きしめられて体温が上昇する
* * * 楽器の音色に商人たちの言い合う声が重なり合う。仮面をつけたまま、語り合う男女の姿はどこか滑稽にすら感じられる。悪魔と尼僧が睦まじく抱き合う姿などこの地に来るまで想像したこともなかった。祝祭の夜は尼だって恋をするし、貧乏人だってお金持ちになるらしい。 だとすると、さっきまで地面にしゃがみこんで淋しそうに溜め息をついていた淑女もまた、貴族の令嬢ではないのだろうか? 値踏みするような視線に気づいたのか、おもむろに立ち上がり躓いて――倒れ込んできた少女は自分にしがみついている。 どうやら自分が着ている装束のマント(バウーダ)の裾を誤って踏んでしまったようだ。青年は自分に抱きついてきた少女を見てくすりと笑う。「あ、ご、ごめんなさいっ!」 「いや。こちらこそ失礼」 転ばなくてよかった、と思ったものの、エーヴァは咄嗟にしがみついてしまったものが悪魔の装束をした男性だと気づいてパッと手を放す。そんな彼女の初心な仕草を微笑ましく思ったのか、青年は白手袋をつけた手で、彼女のちいさな手を包み込む。「さっきまでしゃがみこんでいたみたいだけど大丈夫? 気分でも悪いのかい?」 エーヴァはその言葉を受けて、すべて見られていたのだと悟り、顔を真っ赤にする。 白い手袋越しに感じる温度は冷たくて、火照った肌には気持ちが良い。 これが夢ではなくて現実であることを証明させてくれるような温度だなとエーヴァは場違いなことを思いながら必死になって言い訳を探し、俯いたまま言葉を返す。「……だ、大丈夫です、ちょっとひとに酔っただけですからっ」 「じゃあ、顔をあげて。今日はお祭りだ。他の人間と瞳の色が違うからって、俺は差別なんかしないぞ?」 「……!」 どうしてわかってしまったのだろう。 エーヴァは驚いて思わず顔をあげてしまう。 劣等感を抱かせる風変わりな鉛色の双眸が捉えたのは、長身の青年の海色の瞳だ。黄金の仮面の奥深くで、まるでアドリア海を彷彿させる鮮やかな碧眼が、興味深そうにエーヴァを覗き込んでいる。 お互い仮面越しだから、瞳と瞳で
慣れない裾の長いドレスは走るのに不向きだなと、今になって痛感する。 それでもエーヴァは裾をたくし上げ、石畳を叩きつけるように走る、走る。「ちょっとイヴ? どこいっちゃったのよ!」 祭りが始まってすでに三時間。開き直ったエーヴァは今日だけ貴族令嬢ディアーナに扮して謝肉祭に臨むことを決意した。ふだんとは異なる高飛車な侍女の姿に主も面白がって調子を合わせてくれていた。 が。 その主とはぐれてしまった。「……こんなに盛大な謝肉祭初めてで、どこ行けばいいかわかんないんだけど?」 文句を言おうにも、言うべき対象がそこにいないため、言葉もつい尻すぼみになってしまう。 初春の冷たい夜風が肌を震わせる。ずいぶんと夜も更けてきたが、今日はお祭りだからと街の子どもたちも未だ着飾った姿で広場に集い、楽しそうに踊ったり歌ったりして、大人と一緒になって参加している。 ディアーナもまだ「花売り娘のイヴ」としてその辺で無邪気に踊っていることだろう。侍女とはぐれたからといって泣きごとを言うなんてことはとてもじゃないが考えられない。 むしろ泣きたいのはこっちの方だとエーヴァは苦笑を浮かべる。 生まれたころから権力者の一族としてヴェネツィアの隅から隅をまるで自分の庭のように知っているディアーナと違い、ここ数年、買い物以外の用途で滅多に外出を許されなかったエーヴァはメインストリートから脇にでるとすぐに迷ってしまうのだ。「……お嬢様」 道に迷った不安もあいまって、いまの自分の恰好がお嬢様そのものであるにもかかわらず、つい主のことを考えてしまう。「わたしにお嬢様の大役は、やっぱり務まりませんよ……」 いくら仮装だから誰も気にしないと言われても、ひとりでいるとこの姿が場違いのように感じられる。華やかなドレスと金銀に煌めくアクセサリーは自分には似合わないし、自分がこのように着飾っていたって、誰も見向きもしない。お高くとまった貴族令嬢は多くのひとを魅了しながら従えて、ともに街を踊り歩くものなのに……自分はいつもディアーナが当たり前のようにしている雅やかな仕草を真似できない。 夜空の下、エメラルドグリーンのドレスが、くすんだ灰色に見えてしまう。 自分が着たからそう見えるだけで、生れながらの美貌と気品を持つディアーナが着たら綺麗に映えるんだろうなあとは思う、けれど。 夜